私は無能でスキルがないダメ系ITエンジニアです。
そんな私にあるとき、奇跡が起こりました。
SES客先常駐エンジニアだった私が中途採用でプロパー社員になることができたのです。
なれた経由は、日ごろの努力が実を結び、客先で高評価を得て……というのは嘘で(ダメ系の私にそんなことは天地がひっくり返ってもない)IT業界で働いたことのある人なら名前ぐらいは聞いたことのある会社の中途採用を転職サイトで見つけて応募したところ、1次面接、2次面接、最終面接と進んで奇跡が起こって採用となり、そのままプロパー社員となることができました。
奇跡と苦労の末、プロパー社員になれたのですが、なんと!6か月、たった半年で自己都合による退職で会社を辞めてしまいました。
この記事では、ダメ系ITエンジニア事、私がプロパー社員を辞めた理由について紹介します。
後半では、プロパー社員になれて良かったことを紹介します。
プロパー社員を辞めた6つの理由

1. 週一で客先訪問を一人ですることになった
SES客先常駐エンジニアとして働いていたときは、出向先の客先で全てが完結していました。
出向先の客先に支給された一人一台の開発用PCがあって、プロジェクトの開発メンバーやPL、PM、そしてお客様もその場にいたので、要件定義の打ち合わせや受入テストで問題、本番環境で障害があったときは、出向先のその場で全てが解決するし、他のメンバーもいるのでお客様から問い合わせがあってもサポートしてもらえる環境でした。
しかし、プロパー社員になった場所では、個別でお客様の会社に行くような環境でしたので、入社してからすぐに私はたった一人で運用保守をしているシステムの客先訪問をすることになりました。

そんなの仕事なんだからあたり前じゃん!
と言われればそれまでですが、私はコミュニケーションスキルもないダメダメエンジニアなので、一人で客先に訪問することなんて無理だったし、障害がそこそこあるシステムだったので詰められたり、システムの質問攻めになったり、一人なので自分が議事録とって自社に帰った後に整形した上で客先に送付したりと、今までやったことがなかった領域の仕事を一人ですることになってしまったのが当時は辛かったです。
逆に言えば、そういった仕事をいきなり一人で振ってもらえたので、活躍の場を与えて頂いたとも言えますが、週一の客先訪問の前日は胃が痛く健康的には決して良い環境だったとは言えなかったでしょう。
2. 複数のプロジェクトを任された
SESでも複数プロジェクトを担当している人がたまにいますが、一般的なSES客先常駐エンジニアであれば、一つのプロジェクトのみを担当していると思います。
しかし、私がプロパー社員になった会社では、複数プロジェクトを同時に担当してマルチタスクで動いている人が当たり前の環境でした。
私の場合も例外ではなく、入社してすぐに以下2つのプロジェクトを任されることになりました。
- 開発プロジェクト
- 運用保守のプロジェクト
これらのプロジェクトはお客様が全く別です。
そのため、①で納期が近い開発プロジェクトでバリバリプログラミングして開発しているときに、①と関係のない②の運用保守プロジェクトのシステムが火を噴いてシステムが謎の障害で停止してしまったときに、



優先して②の運用保守プロジェクトをなんとかして!お客様が激怒してるから早くして!
とお達しがあったときは本当に辛かったです。
そのときは、頭を切り替えて②の原因究明の調査から入って、数日かけて復旧することはできたのですが、途中にしていた①も納期が迫っていたのでほとんど寝ないで開発することになってしまったし、途中で辞めていたので思い出すのに時間がかかったりと大変でした。
複数プロジェクトを担当して片方が炎上してしまうと代わりの人員がいなければもう片方は作業が止まってしまいますし、お客様が異なるプロジェクト間だと、



複数プロジェクトを担当しているなんて(´・ω・`)知らんがな
という訳でリスケとかもなかなかできないので、私は複数プロジェクトを任せて頂けるなんて、光栄です!となんて思えず、1つのプロジェクトに集中できないことが嫌でした。
3. 逃げ場がなかった
今ではプロパー社員を辞めて客先常駐エンジニアに戻っていますが、SES客先常駐エンジニアはいざとなったら逃げられるというのがメリットだと思っています。
逃げるというと語弊がありますが、SESの客先常駐エンジニアは準委任契約なので、契約期間が決まっています。
そのため、派遣先から切られることはありますが、逆にスキル不足でついていけなかったり、人間関係など環境が悪かったり案件ガチャに外れた場合はこちらから契約を終了して、他の客先常駐先に変えることは派遣元の自社とコミュニケーションが取れていれば可能です。
そういう意味では、SES客先常駐エンジニアは派遣元の会社を辞めなくても逃げ場が用意されていると私は思っています。
逆にプロパー社員は帰属意識があって良いと思いますが、嫌なことや辛いことがあった場合は部署でも移動できない限りその会社内で逃げ場はなくてやるか辞めるかしかなかったので、エンジニアとして逃げ場はなくて日に日に追い詰められてうつになっていきました。
4. 月一定例会が強制参加だった
SESで帰社日がある場合、月1のペースで会社に帰って勉強会をしたり成果を発表したりする企業があると思います。
正直、私はそれが嫌いです。



だって、客先常駐先で毎日仕事をやっているから帰属意識は意味不明だし、月1ぐらいしか会って懇親会しても常駐先の仕事と関係ないし、無駄だしあんま意味ないし、とにかく忙しいときに帰社日のために定時前に帰るのが時間の無駄だと思っているわけで…。勉強会だって私には役に立たない知識だし、これだったら資格取得の勉強やUdemyで自己研鑽した方が……
ごめんなさい……。言いすぎました!
こんなことを言うと帰社日マンセーの人や帰社日で勉強会を楽しみにしていて



お前が勉強嫌いなだけだろ、だからいつまで経っても無能でダメ系なんだ
と怒られそうですが、私は帰社日が嫌いなんです。
SESの帰社日の話で逸れてしまいましたので、別の機会に帰社日不要論の話はしたいと思いますが、プロパー社員として中途入社した会社では自社なので帰社はしなくても良いのですが、大きな会議室にプロパー社員だけが集まってやる月一の定例会がありました。
そこでは、SESの帰社日と同じような光景が……。
そしてプロパー社員だからなのか、長い社訓があってそれを全社員で読み上げる時間がありました。それも15分もかけて…。毎月同じ内容を15分もかけて読み上げるんですよ。
それはさすがに不毛だと思いましたが、皆さんは決まりでやっていました。
たぶん、その社訓、頭の中に入っていないし、ほとんどの人は守っていない決まりだと思いましたが、他にもプロパー社員だけが参加しなければいけない定例や会議が結構あって、しかも強制参加だったが私には性が合わなかったです。
5. いろんな手続が面倒だった
昨今、残業時間に厳しい会社が増えてきました。
SESの客先常駐エンジニアでも労働基準法の36協定は厳守しないといけませんが、プロパー社員になれた会社は名の知れている会社というのもあるかもしれませんが、残業や決まりに厳しく、残業する日は、事前に印鑑による直接の社長の許可が必要でした。
他にも客先常駐エンジニアと働いていたときは不要だった手続きが発生するようになったので、プロパーってめんどくさいなって思うことが多くなりました。
6. 持ち出しPCを支給されていた
フルリモートワークが当たり前の世の中になりましたが、私がプロパー社員になった当時は家で仕事をするなんて考えられない時代でした。
しかし、プロパー社員になった会社では、持ち出しPCがプロパーに貸し出されていて、そのせいで、自宅にいるときも障害が起きたらいつでも対応しなければならない環境下にありました。
インフラ系の仕事をしている人なら24時間対応しなければならないような話を聞いたことがあったので大変だと思っていたのですが、会社ではエンジニアとしてプログラミング開発をしながら自宅では障害対応をしなければならないなんて思ってもみなかったので心休まる時間が減りました。
その会社の伝説として語り継がれていた話では、プロパーの新郎が結婚式の日にも持ち出しPCを会場に持ち込んで、式の最中にパソコン片手に緊急の障害対応をやっていたとのことです。
私はプロパーの特権で持ち出しPCで自宅で仕事ができる!ラッキー!とはなりませんでした。
それでもプロパー社員になれて良かったことはもちろんありますので、紹介します。
SESの客先常駐エンジニアにしてみればプロパー社員は憧れの存在であると思いますし、私の場合は採用サイトからプロパー社員になりましたが、客先常駐先でお客様から高い評価を受けてそのまま引き抜きでプロパーになるということもありますから、参考にしてみて下さい。
プロパー社員になれて良かった3つのこと


1. プロパー社員と仲良くなれた
客先常駐エンジニアをやっていたときよりプロパー社員として働いていた会社のプロパー社員と仲良くなれました。
個人的にも同じプロパー社員の人と飲みにこともありましたが、コミュニケーション下手な私でも話やすい人が多かったように感じます。
たまたま話が合う人が多かっただけのような気がしますが、プロパー社員は帰属意識が高い傾向にあってSESと違って帰社日がなくても毎日顔を合わせているというのもあるかもしれません。
2. 福利厚生が充実していた
プロパー社員の特権だと思いますが、派遣のエンジニアにはない福利厚生がしっかりしていました。
例えば、プロパー社員は食堂でランチは無料でしたが、客先常駐の派遣エンジニアはランチ有料でした。
明らかにプロパーと派遣で格差はありました。
他にもプロパーだけが入ることができるジムが会社の中にあったり、育児を預けることができる託児所もありました。
3. 昇給制度やボーナスがあった
プロパーの社員だったからということではないかもしれませんが、昇給制度やボーナスがしっかりしていました。
SESの客先常駐エンジニアの場合は、昇給というのは難しいと思います。PMのようなマネジメント職になれば給与を上げることができるかもしれませんが、案件の単価が上がっても会社によっては年収が上がるとは限りません。
私がプロパーになった会社は、評価制度が数値化されていて年1回の査定で数値次第で必ず昇給することができる会社でした。
さらにボーナスが2回以上は確実だったので、真面目に働いて年数と評価を積んでいけば年収は(フリーランスは置いといて)平均的なSESの客先常駐エンジニアよりはプロパーの方が高くなっていたのではないかと思います。
プロパーの正社員であれば、解雇規制の緩和でもしない限り、クビにしにくいので、安定という意味では、プロパー社員の方が圧倒的に良いでしょう。
まとめ
この記事では、私がプロパー社員を辞めた6つの理由とプロパー社員になれて良かったことを3つ紹介します。
結論として苦労の末にプロパー社員を辞めた理由を簡潔に言うと、



無能なエンジニアなのに、プロパー社員になったことで、週一で客先訪問を一人ですることになったり、複数のプロジェクトを任されたりして、持ち出しPCを支給されて自宅での仕事も増えてストレス過多になったけど、逃げ場がなくなってしまって病んでしまった。そして、月一定例会が強制参加でいろんな手続が面倒だし、プロパー社員は性に合っていないので、SESの常駐エンジニアに戻ろうかな…。
ということで、憧れでなりたかったプロパー社員を辞めました。
能力がある人は、プロパー社員の方がいいと思いますが、私には無理でした。
あのまま続けていたらうつ病になってしまい、SESとしても再起不能だったかもしれません。
……ですので、プロパー社員を辞めたことは後悔していません。
もし、これから客先常駐エンジニアからプロパー社員を目指す人の参考になって頂けましたら幸いです。